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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)159号 判決 1962年12月19日

事実

控訴人松村金造は請求の原因として、被控訴人合資会社大興製作所は訴外大西合金鋳造所こと大西清吉に宛て、昭和三十二年七月二日、金額十七万五千四百三十円、満期同年十月十二日、振出地及び支払地各東京都大田区、支払場所日本相互銀行羽田支店と定めた約束手形一通を振り出し、受取人たる右大西清吉は訴外東城三郎に、同訴外人は控訴人に順次白地式にて右手形を裏書譲渡し、控訴人はその所持人となつたので、満期の翌々日たる昭和三十二年十月十四日支払場所に右手形を呈示して支払を求めたが、これを拒絶された。よつて控訴人は振出人たる被控訴人に対し右手形金十七万五千四百三十円及びこれに対する支払呈示の翌日たる昭和三十二年十月十五日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。仮りに本件手形が被控訴会社の社員訴外村上昭繁によつて権限なくして振り出されたものであるとしても、訴外村上昭繁は被控訴会社の代表社員村上重雄の実弟で、被控訴会社に無限責任社員として名を連ねて、現場の仕事を担当する反面、経理面においても集金、支払等の事務を一部管掌し、その限度において被控訴会社の代理権を有していたものであるが、被控訴会社はいわゆる同族会社であるから、実際上は右昭繁も代表社員の実弟として会社内部においては相当の実権を有していたものであるところ、本件手形は右昭繁が被控訴会社印代表社員印等を使用して振り出したものであり、しかも控訴人は本件手形を取得するにあたり、慣例に従い銀行照会をなした上、真正に振り出されたものと信じて取得したものであるから、本件手形の振出が右昭繁の越権行為であつたとしても、被控訴会社は民法第百十条の表見代理の責任を免れるに由ない、と陳述した。

被控訴人合資会社大興製作所は答弁として、本件手形の振出に関する事実は否認する。裏書に関する事実は不知。呈示並びに支払拒絶に関する事実は認める。その余の控訴人主張の事実はすべて否認する。すなわち、被控訴人は本件手形を振り出したことはない。右は被控訴会社の代表社員村上重雄の弟訴外村上昭繁が何らの権限なく無断振り出したものであつて、全くの無権代理行為に属するものであるから、被控訴人には何らの責任もない。被控訴会社においては右昭繁に一般工員と同様の仕事をさせているだけであつて、経理面はもとよりいかなる業務面においても代理権を授与したことは全くないから、控訴人主張の表見代理の成立する余地もない、と述べた。

理由

甲第一号証の一(本件約束手形)の表面に存する被控訴会社代表社員の印影が被控訴会社備付の該印章によるものであることは、当事者間に争いがないから、反対の証拠の採るべきものがない限り右は被控訴会社代表社員村上重雄の意思に基いて押印されたものと推認すべく、その場合には同証の被控訴人関係部分は全部真正に成立したものと推定すべきこととなるところ、原審及び当審における証人村上昭繁の証言及び被控訴会社代表者村上重雄の供述中には、同証中の被控訴人関係部分はその代表社員の弟の村上昭繁が手形を自己の用に充てるため被控訴会社の社員及び代表社員の印を盗用して偽造したものであり、村上昭繁は、被控訴会社代表社員村上重雄の弟ではあるが、現場の仕事にのみ従事し、経理をはじめ事務系統の業務を担当する権限は全然ないとの供述部分があり、なお、右証人村上昭繁の証言中には、同人は、右偽造手形による金融をはかろうとしてこれを交付するに当り、事前に知人の大西合金鋳造所こと大西清吉の裏書署名を得たものであるとの供述部分がある。しかしながら、甲第一号証の一の表面の手形金額はチエツクライターを用い、また同じく支払地、支払場所、振出地及び振出人住所氏名はいずれもゴム印を用いてそれぞれ整然と記載されていて手形発行の経験ある者の作成に係ることを想わせるものがあり、また、同証の裏面には右証人村上昭繁の供述に照応する大西合金鋳造所大西清吉の白地裏書が存し手形の信用を高めるため第三者の裏書を得るようなことも、ある程度手形の取扱に通じている者のなすところであつて、前掲各供述はこれらの諸点と相容れないうらみがある。そのほか、前掲各供述に従えば、本件手形は偽造であるというのにかかわらず、成立に争いのない甲第一号証の二及び第六号証によれば、被控訴会社は支払場所たる取引銀行に対し本件手形を紛失した旨の事故届をしていることが認められる。村上重雄が被控訴会社の代表社員の弟でありかつ会社の無限責任社員であることは被控訴人もこれを認めているところであり、成立に争のない甲第四号証並びに原審及び当審における被控訴会社代表者村上重雄尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を綜合すれば、被控訴会社は小資本のいわゆる同族会社で、無限責任社員は村上重雄及び村上昭繁兄弟のほかには存しなかつたことが認められ、等しく無限責任社員である右両名について、その内部的事務分担の別が被控訴人主張のように厳格に区別されていたか否かは事の性質上外部からは容易に知り難い事項に属するにかかわらず、昭繁の業務執行権を特に一定の範囲に制限する旨の定款の定めがあつたことの主張立証もない本件では、むしろ昭繁もまた無限責任社員として被控訴会社の業務一般につき内部的には相当広汎な権限を有していたであろうことはこれを否定し難いものがある。当審証人村上昭繁の証言(後記採用しない部分を除く。)によれば、本件手形振出当時昭繁は既に満三十年に達しようとしていたことが認められ、この壮年で代表者の弟であり、且つ代表者以外の唯一の無限責任社員である村上昭繁を敢て被控訴人主張のように厳しく会社の事務から遠ざけ、一般工員と同様の仕事だけをさせなければならなかつたかという理由は容易に首肯し難いものがあり、本件に現われた資料によつてはその事情を明らかにすることができない。結局甲第一号証の一の成立に関する原審及び当審における証人村上昭繁の証言及び被控訴会社代表者村上重雄の供述はたやすく採用できないものであり、他に甲第一号証の一の成立についての前示推定を覆すべき証拠はない。そして右甲号証によれば、本件手形は被控訴会社においてこれを振り出したものと推認すべきである。

右甲第一号証の一及びこれが控訴人の手中に存することによれば、控訴人が裏書の連続のある本件手形の所持人であることが明らかであり、また、控訴人が満期の翌々日たる昭和三十二年十月十四日本件手形を支払のため呈示したことは、被控訴人の認めるところである。

以上のとおりであつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件手形金十七万五千四百三十円及びこれに対する満期の後たる昭和三十二年十月十五日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務があるから、その履行を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。よつて、右請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の右請求を認容すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条及び第百九十六条に従い、主文のとおり判決する。

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